カテゴリ:随筆( 26 )   

便利さ・心地よさを考え直そう   

「便利さ・心地よさを考え直そう」
20010/12/28
 新年にあたって、性懲りもなくであるが、誓いをたてる。
 昨年は「身の回りのモノを減らす」という目標をたてたが、今見回してみると、増えはしないものの、残念ながら、目に見えて減ってもない。
 今年は「便利さ心地よさを安易に追求しない」ということを考えた。我ながら年寄り臭いとも思うが、まあそろそろいいかとも思う。年をとると物忘れが酷くなるなどということもあるが、少しだけモノが見えるようになるという良いこともある。
 便利なもの、心地よいものを手にいれるとたいていの場合は、何かを失うのである。
 携帯やPCは便利であるが、仕事が四六時中追いかけてきて自分の時間を細切れにされる。あえて携帯を持たない同僚も3,4人居る。
 コンビニで何か買えばいつでも、そこそこの食事はできるが、家族の団欒と、できたての手作料理の真の美味しさを失ってしまう。
 車をもつと行動範囲が広がり楽しい思いをするが、費用がかかり、足腰が弱り、歩く喜びも失っているかもしれない。きれいな環境も失っているかもしれない。
  戦後、もう65年、我々は豊かさを求めて懸命に頑張ってきたが、結局は便利さ、心地よさを追求いてきたともいえよう。それは、どこかまでは正しかったのだろうが、どこからか以上はただの行き過ぎで、幸せにつながっていなかったと考えられる。
 我々はさらに、他人の幸せを邪魔していないかも考えなければならなくなった。
 グルメ・ブームに沸く日本では、1年間の食べ残しの量が食物の4割にも上るといわれるが、一方で人類の7分の1、10億人は飢えている。
 CO2の排出による温暖化でどこかの島が水没しそうになっていたり、現在の漁業の乱獲で大型の魚種が絶滅し将来の人々の食生活が制限されそうだとか、時間空間を越えた他人の心地よさを奪っていることも考えなければならなくなってきた。地球の有限性を無視できなくなってきたのである。
 ハナシが大きくなってしまったが、もちろん、自分にできるところから始めることが重要である。場合によっては、自分に「便利税」なども掛けてみようと思う。
青山学院大学社会経済学部教授 岩井千尋
[PR]

by chihirotp | 2010-12-28 16:34 | 随筆

そりゃあイカンぜよ   

「そりゃあイカンぜよ」  2010/11/29

 NHKの「龍馬伝」が、ついさきほど第48回の最終回を終えた。
結末は、もちろんわかっていたのだが、あれほどの人物が、わずか33歳で暗殺されたのは、改めて悔しいし、残念でならない。
 龍馬の生家の近くで育ったということもあって、今回は自分でも驚くほど熱心に毎週、テレビで見た。嬉しいことに、親しい友人が土佐弁で話しかけてくれるようになった。
 友人たちも、土佐の田舎の一介の下級武が、300年続いた階級社会で、無血革命を成し遂げるという物語にはやはり感動してくれたようだ。
まず、龍馬の清々しい魅力は、私心がないことにある。あれほどのことを成し遂げながら、目的はあくまでも「皆の住みよい世界」であり、自分は新政府の中に入ろうとすら思っていなかった。
また、龍馬の凄さは、時代を見通す力にある。剣術修行をしながらそれが役に立たないことを見越し、武士の世の中に生まれながらそれが行き詰ることを見越し、鎖国の国に生まれながら世界に目を向けた。「船中八策」で明治政府の綱領までつくっていた。
さらに、龍馬の素晴らしさは家族愛、同胞愛、人類愛ともいうべき平和主義にある。脱藩しながら最後まで郷里の同胞と行動を共にし、幕府を否定しながら内戦を回避し、日本が列強の植民地になるのという危機感を抱きつつも、海外貿易に夢を馳せた。
さて、今月号の本誌「数字クイズ」では地球温暖化のことを書いたが、ここ50年で人口が倍増して68億人となり、人類は地球の包容力を超えてしまっている。近年、気温が上がり、洪水など異常気象が頻発し、大型魚類があと40年で絶滅するなどという国連の報告が出て、良くない兆候がはっきりと出始めたように思える。
それなのに、昨年12月、コペンハーゲンでのCOP15(気候変動枠組条約第15回締約国会議)では、192カ国・地域から約4万人が参加しながら、温室効果ガス削減目標の合意が得られなかった。1997年の京都議定書は、中ブラリンになったままである。
こんなときこそ、「そりゃイカンぜよ」と言って、CO2問題で対立する国々の間をとりもってくれる竜馬は現れてくれないのだろうか?
[PR]

by chihirotp | 2010-11-28 16:31 | 随筆

大型魚が危ない   

「大型魚が危ない」 2010/10/28

 恥ずかしながら、寿司が大好きである。
 けっして高級なネタでなくてよく、あじとかマグロの赤身とかで十分なのだが、酢の匂いが漂うと日本人に生まれたことを感謝したくなる。
 ところが、最近の新聞で、ぎょっとなる記事に出くわした。
 「2050年までにマグロなどの大型魚はほぼ全滅」という見出しである。
記事の元になる報告書は、名古屋で開かれたCOP10「生物多様性」に合わせて、UNEP=国連環境計画が発表したものであり、それによると、40年後の2050年までに、世界じゅうのほぼすべての海域で漁獲量が減少し、特にマグロなどの大型魚はほぼ全滅して、漁業の中心は体長が20センチ程度の小型の魚になると予測している。
 UNEPは世界中の海の生物多様性について調査しており、原因としては、魚の乱獲や気候変動による海面温度の上昇、それに陸地からの排水などによる海水の汚染をあげている。事務局は「海の環境がこのままのペースで悪化すると、漁業や観光などの分野が数兆ドルの規模で悪影響を受ける可能性がある。緊急な対応が必要だ」と警告している。
 若いひとは40年というとずいぶん先に思うだろうが、我々にとって40年前はついこのあいだというほど短い。
 これはもう、たんに環境問題ということではない。前にもこの欄で書いたが、今から50年前に33億人ほどだった地球上の人口が、’08年には68億人と倍増したことが根本にある。この人口では廃棄物や資源の状況から見て、すでに「地球の包容力」を4割近くもオーバーしており、気候変動や生物の多様性に深刻な影響を与えるという問題である。1972年にデニス・メドウズ氏などが、『成長の限界』とそれに続く3部作により指摘してきたのだが、近年、はっきりといろんな兆候がでてきた。
 私事で恐縮だが、筆者は、この春に女の子の初孫が生まれて、その顔を見ていると、これはなんとかしなければという気持ちが強くなってきた。
マグロの握りも知らない日本人ができるなんて悲しすぎると思う。
 微力ながら講演活動なども始めたのだが、ことが大きすぎて気だけ焦ってしまう。
 

 
[PR]

by chihirotp | 2010-10-31 11:52 | 随筆

いい湯だな・・・   

「いい湯だな・・・」  2010/9/28

東京の真夏日が過去最多の71日となったこの夏、一泊ずつではあるがなんと、3度も「特価で」温泉に行くチャンスに恵まれた。

行く前は「この暑い中、なんで・・・」と思った。いや実は、ムカシから、そもそもわざわざ遠くまで行って、湯につかって、カネ使ってなにが面白いんだろうなどと考えていた。さらに、「若いくせに温泉に行きたがる若者は、他にやることはないのか!」などとも年寄りっぽく考えていた。だから、会社の旅行とかセミナーのついでとか以外では、自分から進んで温泉に行ったことはなかったのである。

しかし今回は、「これはいい、時間ができたらまた来よう」という気になった。
第一に、どこに行っても、温泉設備がきれいになり、快適になっている。学生とゼミ旅行で行った一泊2食つき13,000円の千葉白子温泉の宿でも、実に風情のある露天風呂が付いていた。

つぎに、刺し身とトンカツと焼き鳥と・・・というふうに品数だけ多くて、冷えていてといった筆者のイメージが古すぎるかもしれないのだが、上手く(遠地から)調達したと見られる季節のサカナをきれいに盛り付けたり、その場で煮炊きできる小さなコンロなどの料理はいずれもヘルシーでよかった。特に、日光鬼怒川温泉の大旅館のバイキングは、売り物にしているだけあって、目がくらむほど種類が多く、シェフが付いて焼いてくれる肉やオムレツは一流ホテルのように旨かった。

さらに、もちろん、値段が安くなったことが一番嬉しい。
これも、古い思い込みかもしれないが、団体で1室4人とか詰め込まれて、幹事が苦労したはずなのに、一人3万円とか掛かった記憶がある。

しかし、鬼怒川温泉では、宿泊した大旅館の周りが廃業したホテルだらけだったように、厳しい競争が安価なレジャーをつくりだしている。

いずれも学生や若いひとが企画してくれたのだが、インターネットで上手く探せば、「クチコミ情報」などにより、安くて良い宿を探すことができる。「直前、格安情報」で当たれば信じられないような旅行も可能なようである。
パソコンを活用した温泉旅行をお奨めしたい。
[PR]

by chihirotp | 2010-10-03 17:53 | 随筆

「真夏の夜のジャズ」をもう一度    

「真夏の夜のジャズ」をもう一度 2010/8/30

 ちょうど50年前に公開され、いまだにジャズファンの間で人気の、「真夏の夜のジャズ」という映画(いまやDVDの方が分かりやすい)がある。
 ニューポート・ジャズフェスティバルの実況であり、若き日のアニタ・オデイが広いツバの帽子を着て歌い、セロニアス・モンクやルイ・アームストロングの元気な姿が見られ、港のヨットが見える会場では、観客が芝生で寝転がってのんびりとジャズを楽しむという映画である。
 しかし、このように猛暑が地球を覆いつくしてしまうと、このような光景が現実感を失ってしまう。別ページの「数字クイズ6」に書いたように、50年前の夏には東京にも猛暑日など皆無だったのだが、最近ではロシアでも40度を越えているらしく、外で何かしようという気などにはとてもならない。
 にわかに淋しくなって、なにか良いハナシはないものかとWEBをしらべてみた。
 そもそも地球に降り注ぐ太陽エネルギーはたった1時間で、人類が1年間に使う量に匹敵するという。それほどの熱は、薄い空気の層を昇っていって放射され冷まされるので釣り合いがとれて、地球には海があり川があり芝生があり、その上で寝転がることができる。
 ところが、人類が化石燃料を燃やして、空気中にCO2が増え、温室効果が働いて温暖化現象が起こっている、というのが「通説」になっている。
 しかし、地球の気温に与える影響は、太陽の方が断然大きくて、黒点の状況などとの関係が大きいという説もあるようである。その説によれば、CO2に関係なく地球は「冷えるときには冷える」ものらしい。
ただし、その説の正しさはとうてい証明できるものでもないだろうし、「では、いつから冷えるのか」と聞いても、その時期は判らないだろう。
 火山灰のようなものを大気圏にバラ撒いて、地球を冷やすというアイデアもあるらしいが、それとてもコストのこととか冷やしすぎたらどうなるのかとか考えると簡単なこととは思えない。
やはり、真面目にエコと取組む以外なさそうである。
 暑くて、子供がセミとりにすら出掛けられない夏は淋しすぎる。
[PR]

by chihirotp | 2010-08-30 17:45 | 随筆

「ええんちゃうの・・・」    

「ええんちゃうの・・・」 2010/7/27

 訃報を聞いて、「大阪のオバサンが通りを掃くとき、隣の家の前もずーっと掃きますわな、あれはウットうしい。けど、東京のおばちゃんが、自分の家の前だけキッチリと掃く、あれも冷たいというか味気ないというか、いけませんなあ。それに比べて京都のおばちゃんは、ときどき、忘れた頃合を見計らうみたいにヨソの家の前もすーっと掃いたりする。これがええんですな。絶妙のバランスが・・・」という話を思い出したのだが、数学者・エッセイストの森毅(もりつよし)さんが亡くなった。
 いつも大阪弁で「ええんちゃうの」という決めゼリフとともに、飄々とした、しかし切り口鋭いエッセイを書く人だった。
 今回も本誌の数字クイズを書くために、財政赤字やら国民負担率を調べていて、「どうしてまた、日本だけが財政赤字200%(GDPの)などと突出してしまったんだろう、なにがそんなに極端なんだろう」と思っていた矢先に飛び込んできたニュースだった。
 国民負担率は日本が約40%とOECD30カ国の中で下から4番目というのに驚いて、アメリカが同じく2番目というのにもっと驚いて、すぐ「ああ、レーガン革命か」と気がついたときだった。
1980年代、アメリカは威信回復のために、レーガン大統領は「小さな政府」「減税(+福祉の大幅カット)」「規制緩和(市場原理)」「マネタリズム」という4本柱の政策に大きく舵を切った。ノーベル賞経済学者であるフリードマンの「自由こそすべて」という信念から来る政策でもあった。
その後1990年代には情報革命やグローバル化という波にも乗って、また1991年にはソ連というライバルが消滅したこともあって、アメリカは世界唯一の超大国になり、レーガン革命は大成功したように見えた。1990年にバブルが崩壊してその後20年間も不況に苦しむ日本は、当然のように米国に追随しようとした。
しかし、投資銀行が暴走し、大企業500社の社長の平均年収が14億円にまで上がるような政策は、間違いなく極端すぎたのであろう。
 もちろん、その前に自滅したソ連も極端すぎたことは明らかである。
 そうだとすれば、一時「最後の社会主義国家」と揶揄されていた日本は、少なくともそのころは、森毅さんのいう京都のおばさんでありバランスがとれた国だったに違いない。
 先進国最大の借金国家になった日本を、天国のエッセイストは「ええんちゃうの」と言ってくれるのだろうか。
[PR]

by chihirotp | 2010-07-27 17:43 | 随筆

「置いてきぼりにされた日本」    

「置いてきぼりにされた日本」 2010/6/28

 日本はとうとう欧米から置いてきぼりにされてしまった。
 トロントで開かれていたG20(20カ国首脳会議)は、「成長に配慮した財政健全化」との基本原則を打ち出し、性急な財政引締めに動かないように配慮。そのうえで先進国について「2013年までに少なくとも(年あたりの)財政赤字を半減させる」との数値目標を明記した首脳宣言を採択して今朝方、幕を閉じた。ギリシャ問題などへの配慮である。
 その中で、なんと、日本については目標達成を強制しない「例外扱い」とし、財政の大幅な悪化をふまえた異例の措置をとったのである。
ロイター通信は「他国と比べて『質の悪い』財政状況」のためと伝えた。
 本誌数字クイズにも掲載したが、日本の財政赤字は今年度の見込みが44兆円となっている。皆と同じように赤字半減を実現させるためには、3年間で22兆円の増税か歳出カットが必要となる。
 いま、増税が議論され始めた消費税だと、1%の引き上げが2.5兆円の税収増に繋がるから、単純に考えて9%の増税でようやく仲間はずれにされなくてすむ。
 しかし、たった2%の増税をして戦犯扱いをされた橋本首相や、「3年間は決して増税しない」と逆のことを主張した小泉首相などのことを考えても、これから参院選挙を戦う政党に意思決定はできまい。この不況の中、増税は誰も喜ばない。
GDP比200%にもなろうとしている借金に危機感を感じている国民も、まだ多くはないだろう。しかもこの先では、政府が、危機感を高める情宣(啓蒙)活動を行ったりすれば、先に世界の投資家が「勘付いて」日本国債にカラ売りや先物売りを掛けてくる危険もあるだろう。
皆が借金減らしに賛成するときは、たぶん、もう遅すぎるときだと思う。
菅首相は今回、恥も外聞も捨てて各国に根回しして「欧米の借金減らしに付き合うように圧力を掛けてもらう」訳にはいかなかったのだろうか?
外圧に弱い日本にとっては絶好のチャンスだったのにと思ってしまう。
[PR]

by chihirotp | 2010-06-28 17:41 | 随筆

「もう」は未だなり、「未だ」はもうなり    

「もう」は未だなり、「未だ」はもうなり 2010/5/28

 表題は有名な相場の格言であり、その意味は「『もうそろそろイイ』と思っても大抵は『未だダメ』なんだよ、『まだ大丈夫だろう』と思っても大抵は『もうダメ』なんだよ」ということだ。
 今まさに進行しているギリシャ財政危機に端を発するユーロ通貨危機では、この格言の威力をつくづく感させられた。
 まず、筆者は3月号の本欄に「PIIGS」のことを書き、金融危機対策が財政問題を悪化させたとは書いたが、恥ずかしいことに、「ユーロだけが極端に下落することもないだろう」と書いた。「未だ大丈夫だろう」と思ったのだが、甘かった。
 いい訳になるが、その時点では、世界の株価が回復し景気も回復してきていて「もう大丈夫」という雰囲気があり、再びこれほど早く危機の再来があるとは思えなかった。
 連休明けの5月9日にEU(欧州連合)が対策を決めたものの、邦貨換算で9兆円弱の金額が小さ過ぎて、結局翌日になんと10倍の同86兆円という巨額の金融支援の枠組みを打ち出さざるを得なかったのも、「未だこれくらいでイイのでは」の油断があったのだろう。
 さらに、5月24日には、PIIGSのひとつスペインで、銀行が国営化されるという事件が起こって驚いた。飛び火である。
 とにかく世界のスピードが速く、悪いことは「もう直る」と期待してもまだまだ続くのに、良いことは「まだ続く」と思ってもあっという間に消えてしまうのである。
 金融が経済を振り回す昨今の様相は、「尻尾が犬を振り回す」と言われるのだが、金融が行き詰ると即、経済が悪化する。これは、IMFから助けが得られたとしても緊縮財政を強いられる結果となるので、変わらない。したがって経済はさらに悪化してしまい、また金融が悪化する・・・という悪循環に入ってしまう。頼みの財政が火の車になるとなおさらである。
 そして、やはり一番怖いのが別稿の「数字クイズ3」で採り上げたように、わが国の財政問題に火がつくことである。
「まだ」大丈夫なうちに、政府は「財政」を立て直し、「成長=好景気」を演出するという無理難題を解決しなければならないのだが・・・。
[PR]

by chihirotp | 2010-05-28 17:36 | 随筆

いつでも夢を   

「いつでも夢を・・・」           2010/04/28

 今年も、キャンパスに新入生が入ってきた。
 ムカシのコマーシャルに「ピカピカの、一年生!」という歌があったが、大学生になった彼らもそのような雰囲気は漂っている。たぶん人生で一番良い時期なのであろう。
 しかし、気になることがある。
 彼らはどうやら、あまり「夢」を持ってないような気がするのである。
 夢を持つことの重要性については、古今東西語られてきたし、夢という単語は本の題名、歌の文句にも頻繁に出てくる。
 坂本龍馬の連続ドラマでは江戸から明治にかけての若者が夢を追いかけるし、中国の万博のインタビューを見ていても、目を輝かして夢を語る若者がたくさん出てくる。
 しかし、身の回りで「夢は何ですか」と聞いても答えられない子が多い。こちらが年取って、心配性になっただけならいいのだが・・・。
 夢の定義はよくわからないが、夢は、現実から遠いから「夢」なのだと思う。
 有名なキング牧師のスピーチは「私には夢がある」から始まって、肌の色による差別がなくなる日を語っているが、この場合は現実が悲しすぎたし夢から遠すぎた。
 そう考えると原因のひとつは、私学に入るような若者の生活は、相当に満足できる生活になっているからだと考えられる。スタート台が高すぎる問題だろう。
 我々のころは、衣食住がまだまだ貧しく、それが充足されること自体が夢の一部だったが、今の若者は何でも持っているし、海外旅行も夢ではない。
 しかし、もう一つの原因は、ここ20年くらいの経済不況、政治の不調など、育ってきた環境が右肩下がりでしかなかったことであろう。彼らが産まれた少し前は日経平均は4万円に届こうとしていた。さらに、我々の頃と違ってオリンピックや万博といったイベントがあったわけでなく、バブル崩壊、少子高齢化問題、財政赤字問題から温暖化問題など、今より明るいことを考え難い時代になってしまった。
 いやいや、我々自身が働くことだけに夢中で、生活を楽しみ夢を持つことをしなかった影響もあるかもしれない。
 若者が夢を持てるようにすることが、我々に残された義務だと思う。
[PR]

by chihirotp | 2010-04-28 00:52 | 随筆

エコな幸せ追求も!   

「エコな幸せ追求も!」2010/3/28

暖かくなると、自転車で走るのが嬉しい。
幸い、近所の公園には1週2Kmの専用レーンがあり、朝でも夜でもママチャリ(ママさんごめんなさい!)で快適に走ることができて運動不足解消になる。
さて、3月31日号の日本のニューズウィーク誌に「『経済成長なき幸福』という幻想」という記事があった。
イギリスでは済成長を前提としない「定常型経済」を目指す計画をまとめたとのことである。持続可能な社会のために今後の経済成長は諦め、労働時間を減らして、大量消費を抑えるためにテレビ広告を禁じるという。
ドイツでは、『出ロ-成長なき繁栄』という本がベストセラーになって、国民に倹約を勧めるこの手の本が花盛りだそうだ。
フランスでは、「もっと働いてもっと稼げ」と国民にハツパを掛けていたサルコジ大統領が「GDP (国内総生産)成長率を追い求めるのは『フェティシズム(物神崇拝)』であり、国民の幸福度を測る新たな基準が必要だ」という専門家の主張を支持している。
ニューズウィーク誌の記事はこうした傾向を、「環境規制」や「効率性の向上」、「行動の変化」を忘れており、1日2ドル未満で暮らす26億人を忘れるなと批判しているのである。
たしかに、GDPで測る経済は成長していないと、所得が増えず失業が増え、国民も政府もストレスが溜まる。特に、裕福でない層の不満が非常に大きくなる。
もちろん、経済的に苦しい人々は先に救わなければならないのだが、先進国において、これはむしろ分配の問題であり、経済成長で救おうともはや考えるべきではない。
本ブログの数字クイズのグラフ(著者の新連載)を参照いただきたい。既に68億人にまでなって、さらにこれから20億人ほども増えなければならない地球人口だけを考えても、この先「技術」だけで環境問題が解決するのか、経済成長自体していいのか、ということまで我々は考えなければならないところまで来ているのだ。
 日本の民主党も最近「国民の幸福度を調査する」と言い出した。ただしこれは今のところ大ブーイングが起こっている。「温暖化や環境破壊につながらない幸福を捜す」と素直に言えばいいのにと思う。春、自転車に乗っていると本当にそう思う。
[PR]

by chihirotp | 2010-03-28 00:47 | 随筆